人生に於いて どの様にその命を費やすべきかを考えたいです
動物には、人よりはるかに優れたところが沢山あります。
運動能力や聴覚又は嗅覚などに於いても、人が到底かなわないものを、身に着けて生まれて来ます。
それでもこの世の生物としての、1番に君臨するのは「人」と呼ばれるものです。
頭脳を駆使して、人間の持つ能力の足りないものを補う力を、次々と開発してきました。
そして人が動物たちの上に君臨できるのは、「その心」故の事です。
人が人として在る事が出来るのは、その心が慈悲を持ち、菩提心(ほだいしん)を持つからです。
以前にもお伝えしましたが、動物供養の塔婆の裏には、「如是畜生発菩提心(にょぜちくしょうほつぼだいしん)と書きます。
これは畜生道を生きるものは、やがていつか菩提心を持たなくては、心の平安はないということで、人以外の生き物の魂の平安を祈る言葉でしょう。
動物は菩提心(広辞苑に依れば、悟りを求め仏道を行おうとする心)が無いために、畜生道に生きるものであるということです。
それでもその人の心は、自分自身で開発していくことしか出来ません。
心はその人にしか、変えることが出来ないからです。
心が創り出すその人の宇宙によって、この世がどんなものになるかが決まって行きます。
その宇宙が美しいものであれば、同じような美しい宇宙を持つ誰かたちの感性と結びついて行き、美しい色の宇宙を創りだします。
そこはきっと「仏国土」と呼ばれたり、「神の国」と呼ばれたりするのでしょう。
「悟り」とは、理解する事、気付くこと、迷いが解けて真理を会得する事です。
人にはこの能力が備わっています。
今の自分とは、はるかに違う自分になる事は可能なのです。
心を治めて、自らの安らぎの世界に入る事も出来るのです。
この世で自分に生じた不運による、悲しみ、辛さ、焦り、憤怒などがその人生に何度も訪れるのは、その人に、心を鍛え続け嵐の様な日にも揺るがない、強い心を身に着けさせるための、天の計らいでもあります。
その苦しみに打ち勝ち、また日を静かにやり過ごして得る旅路の果てにある、心の平安を本当に理解でき、そこに近づいて行くことも理解できるはずです。
その可能性を持つため、人はより尊いのでしょう。
その道の一つが、他に対して慈悲を持つことです。
一生懸命生きる事に必死な生き物の命を、むやみに奪わない事に努めるのも、安らかな心を得るための近道なのかもしれません。
秋彼岸にあたり、他の命を頂かないと生きることが出来ない私達も、感謝を以て先に旅立たれた方々を想い、命をその人生でどの様に費やすべきかを、もう一度考えてみたいものです。
画像は、家の庭に時折遊びに来てくれたネコです。
今年の春逝去しました。
ケンカが強くて、私は「ネコ番長」と呼んでいました。
とても悲しかったです。
今日のフィーリングは、ウイーン学友協会合唱団、ウイーン・フィルハーモニー管弦楽団、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 「モーツアルト レクイエム 二短調 K.626:Ⅲ セクエンツィア:涙の目」、Dianne Reeves ダイアン・リーヴス「Better days ベター・デイズ」、Edvin Marton エドウィン・マートン「Art On Ice アート・オン・アイス」かな