五寸釘の物語 完
父が病に倒れて退院後部屋をリフォームすることになり、しかたなく嫌っていた二階の寝室に連れて行ったとき、「あそこの隅に立っている男は誰なのだ?」と私に言いました。
「お父さんあの人が見えるの?」と驚いて私は聞きました。
「なんでここに知らない人がいるのだ?」と聞きながら、それは父にとって普段、目で見て認識している人間と同じように見えているようでした。
私の見方では、恐らく他の霊媒の方もそうだと思いますが、はっきりと人間と霊の違いは分かるものです。
ところが父の見え方は、自分と同次元に感じられるようでした。
私が「あれはもうこの世の人ではないのよ」と言うと、「俺はどうなってしまったのか?いつまでこんなものがみえるんだ?」と頭を抱えていました。
その男は私が前からその部屋で見ていた三人の霊体の一人でした。
人は何かの損傷や疲労など、脳が日常の状態から逸脱したとき、次元の違う「何か」を見てしまう事があるのかもしれません。
ラジオなどのチューニングのように、生命体のチャンネルが何かの理由でそこにぴったり合うと、日常では見ることのない異次元空間をとらえるようです。
私も病気や心労などが続いたあと、ある時まで見ることのなかったものを、急に認知するようになってしまいました。
そのような時、異次元空間には聖なる善良なものばかりではなく、悪に満ちた恐ろしいものも存在するわけです。
頭の中に普段普通にある自制心とか常識から外れたものに、憑りつかれてしまう事が、あるのだろうと考えています。
これを証明する事は今は不可能ですが、「物理の世界での研究が続けられるとすれば、見えないものが見えることや、第六感などの現象などの理由も、はっきりわかる日が来る可能性もあるのかな、今はまだ仮説や憶測の中にさ迷っているだけですが、そんな日がいつか訪れるなら、胸の中にある霧も晴れるかな」と思います。
五寸釘のことを知った日から十八年経って、初めて心落ち着ける日々がやって来ました。
それまでの間は本当に大変でした。
気を抜くとすぐ大けがをしたり、様々なトラブルに見舞われて、負のパワーの力強さに辟易しました。
この様なことに出会ったことのない方々は、「本当なのか?」と思われることも多いでしょうが、味わった人にしか分からないことで、常に孤独感や自分自身への疑いの中で、釈然としない気持ちのまま、日々を送ることがありました。
「物凄い怒りや呪いの中で亡くなった方を、正しく祀って長く供養すると、大きな善なる力に変ってゆくのだ」と聞いたことがありますが、近ごろになってから、何年もの苦しみの終焉が、訪れようとしている気がします。
数年前ある朝お経をあげていると、線香の煙の向こう側に「飛天」をみました。
美しく着飾った天女となり、私の前に現れて下さいました。
あの五寸釘の問題に関わっていた女性でした。
恐らく「祈る」仕事をしていたようです。
「釘」を打たなければ、自分自身を保てないほどの苦しみに苛まれたのでしょう。
気の毒なことだと思います。
でもその方は、今では美しい笑顔と共に私に味方して下さいます。
その方に、心を込めてお仕えした数十年は、辛いことが沢山ありましたが、その美しい笑顔を見つめる時、その日々もまた、私の大切な無形の財産であったように思います。
私たち家族が、何故このようなことに遭遇するのかと、不条理を感じたことも多々ありましたが、見えるべきでないものを見るような体質は、私で五代目となります。
全てはご縁の話ですので、そのように生まれて来たという事として、心に収めました。
病気になっているということは、霊的にも普通の状態とは違うようです。
別の考え方をすれば、その人に与えられた「課題」であるのかも知れません。
私は病気になって、悲しいことも悔しいことも惨めなことも沢山ありました。
それでも言えることは、病気に向き合い、ある時その苦しみを超えると、段々と強くなっている自分がいます。
次に吹いてくる苦難の風に、立っていられる自分がいる時、それは病によって、鍛えられた自分ということになるのでしょう。
病が私を育てたと言っても過言ではありません。
また、病や怪我のために頭に障害を持った時、その家族も含めて、この世の人や事象だけでなく、霊のような異次元空間の者にも気を配って頂きたいです。
例えばお墓参りを欠かさないとか、人に対しても礼節を持って接するとか、生きているものの命を思いはかるとか、家族のできることも沢山あります。
その努力によって、病に罹った人の命も、長らえる可能性があると思います。
画像は毎年咲いてくれる「タチアオイ」ですが、毎年色合いが違うのは不思議です。
今日のフィーリングは、井上陽水氏の「今夜」、Adoさんの「風のゆくえ」、Bostonボストンの「A Man I’ll Never Be ア マン アイル ネヴァー ビ」かな