本当の幸せへの道とは何でしょうか
この世で苦しみながらも生きる多くの方々は、「何故自分にこんなことが起こるのか?」と心の中で繰り返し自問なさっているかも知れません。
次から次へと起こる、心穏やかで居られないような巡り合わせ、人間関係や健康不安など恐らく皆が同じように悩んでいるはずですが、自分が直面する問題は、あたかも自分だけの悩みで自分だけが苦しんでいるように感じてしまうことで、それはやがて自分自身を箱詰めにしてしまい、陽の光さえ感じることが出来なくなることがあるかもしれません。
どうして人の世は「幸せを見つけた」と確信したまま、やがてその幸福が続かなくなるように感じてしまうのでしょう。
それはやはり、「カルマ」が根本的な問題となっているでしょう。
カルマとは、先祖の行いから流れ出た禍福のために、子孫が右往左往しなくてはならない原因となるものです。
以前にも書きましたが、ある人が例えば人を殺めたり他人を苦しめ続けたりしたとすれば、その行いは大きなカルマを作り出しているのに、それを解消するような「徳」を積まず、次世代に
受け渡すようになってしまったら、次の世代の人々はそのカルマの多くを背負って、様々な目に遭うと思います。
「冗談じゃない、自分がそんなことをしていないのに理不尽じゃないか!」という気持ちになるのは、本当によく分かります。
しかしながら私達は、多くの場合自分の賜った血縁を受け継ぐ事によって、姓を頂きその短所だけでなく、才能、容姿、土地などの財をも受け継ぐ権利を得ていきます。
この世に存在するということは、良いものも悪いものも受け継いで行かなくてはならない、という事なのでしょう。
そしてそこに生まれるということも、因縁であると言えます。
「こ゚縁」というものから、この世に存在できるということの意味を知ることがあります。
例えば「自分は天涯孤独であり、先祖や親なんて知るか!」と思っていたとしても、その髪の色、目の形つまり容姿や性格も、この世で生きていた誰かと似ているはずです。
人はいつか「自分のルーツ」を辿りたくなる日があるといいますが、それはデオキシリボ核酸(DNA)の呼び声に耳を傾けているのかもしれません。
自分の内にある「生きるための設計図」を見てみたいという、本能的なものでしょうか。
「何故こんな一生だったのか、何故こんなに苦しんだのか」という、心の中に不条理なこだまが響く理由が知りたいのです。
それに対しての明確で理解しやすい理由が「業 カルマ」というものを知ることなのだと思います。
自分のルーツを知ることは、先祖の振る舞いによって作った「徳」や「罪」を知ることでもあり、そこから推察される「カルマ」を、自分の生涯で受けた苦しみや哀しみの理由と照らし合わせることが出来ます。
それによって「何でこんな一生だったのか、何でこんなに苦しんだのか」という「こだま」も、そこで潰える(ついえる)可能性もあります。
では「何でこんな家系に産まれたのか」ということになりますが、それは今度は、自分自身の過去世からの「カルマ」が関わることになります。
この続きは近々投稿させて頂きます。
ここまで読んでくださいまして、どうも有難うございました。
感謝致します。
画像は青森県八戸市の白浜海岸です。
晴れて暖かな日でしたので、海岸沿いの道路を車で走ってみました。
まだ花も何にもありませんので、「華やかさの前の静けさ」を感じました。
今日のフィーリングは、川井憲次氏の「阿弖流為 (アテルイ)のテーマ」、秋元順子さんの「Bei Mir Bist Du Schon/To Me You’re Beautiful トゥー・ミー・ユア ・ビューティフル/素敵なあなた」、コブクロの「桜」かな