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瑞光天とは- about -
瑞光天とは

人と共に生きようとするなら 精神的自立が大切です

  人はこの世で、一人で生きることはできません。
たとえ働いていなくても学校に通っていなくても、どこかでなにかの社会に所属しているはずです。
一人では精神的にも孤独に追い込まれて、その人生を発展させられる要素も限られてしまいます。
 ところがある日、人には多くの場合その人生で、ソウルメイトなどと呼ばれるような人に出逢う日があるものです。
それは同じ感覚でものを捉えたり、対処したりできると感じられるような人に、心奪われてしまうことです。
その人がそばにいないと不安を感じたり、誰か他の人とその人が親しげに談笑しているのを見るのは、心穏やかではいられない状態となることもあります。
それは心がその人に依存している証拠です。
 人には誰でも人間としての尊厳を、大切にしたりされたりするためのルールはありますが、その心は本来自由であるべきです。
親しく心通じ会えるのがその人ばかりであることを、心の拠り所にしてゆくと、その先にあるものは「執着」という壁に囲まれて、自由に息すらできないようなその人生を自覚するたび、「幸せ」とは別なものが横たわっているのを見ることになります。
 恋人同士にもそれが言えるかもしれません。
その人を好き過ぎて「自分のもの」と自覚してしまい、一挙一動が気になり、少しでも他の人の影が見えて来ると、小さないざこざの原因をつくる言葉を、相手に投げかけてしまいます。
余裕のない自分の心で、「本当のことを捉えたと思っていた現実」は、意外と考えすぎであることが多いのかもしれません。
 「第六感」という言葉がありますが、それはある時確かに正確に現実を捉えることもあります。
しかしそれをやり過ごして静観していると、元の平和な日常がまた流れ始めることは、多いと思います。
その人に執心し過ぎると、平静を保てず荒立てる必要のないことを掘り返し、取り返しのつかない結末へ向かってしまうこともあるでしょう。
そこにもまた私達人間に対しての、天の采配があると思います。
どれだけ自分がその人の、心の自由を認めてあげられるか、そしてそれは自分の愛する人の一個の人間としての尊厳を、どれだけ守ってあげられるかを、試されてる時を迎えているのではないでしょうか。
そこで万一破滅を迎えるなら、せっかく天が出逢わせて下さった「人」に対しての、誠を尽くせない「修行途上の人」となってしまいかねません。
その人のレベルに合った相手ではなかったと、天に判断されてしまうかもしれません。
 夫婦間もまた然り(しかり)ではないでしょうか。
どんなことも人間同士の間に起こるのがこの世の常ですが、一人の人間といったん心を通じ合わせることができたなら、「山にも登ってみるし川にも入ってみよう」という覚悟で、心を尽くすことが、本当の幸福を勝ち取る術なのかと思います。
そのために、自分の心の自立を促す生き方が望まれます。
自分と同じように相手も幸せになりたいのです。
そしてその幸せの中には、心の自由、人間としての尊厳を守られていることも含まれます。
それは平たく言えば「大人になっていく」ことでもあります。
自分の心を自立をさせるため、何か学ぶことが必要かも知れません。
「本を読む」「絵を描く」「夢中になれる何かを見つける」、またおしゃれを楽しみ、男であり、女である自分自身を磨くような「魂」を研磨して、それでもどうしても不安が拭えないときは、神社仏閣で一人静かな時を過ごし、神仏の優しい光につつまれてみることも、本来の心の平和を知るための道かもしれません。

 画像は岩手県宮古市の浄土ヶ浜です。
今日のフィーリングは、Ado アドさんの「世界のつづき」、Fleetwood Mac フリート・ウッド・マックの「Little Lies リトル・ライズ」、Asia エイジアの「Go ゴー」かな